執筆一覧
Writing
書評
デザインは理解に尽きるか──クリッペンドルフ『意味論的転回』再読ブログデザイン理論の古典を再読し、「意味」を「理解」へと縮減するその理路の切れ味と盲点を批判的に検討した書評エッセイ。
書評
Non-Design Design Books──デザイン書の棚の外へブログ身体論から社会運動論まで、デザインを名乗らない十冊をデザインの本として読み直すブックガイド。デザインの輪郭を棚の外側から描く試み。
論考
図面の消失──マリオ・カルポの予言と、その答え合わせブログカルポの予言した「図面の消失」がソフトウェア開発で先に現実化したことを報告し、その先にものづくりの本質としての環境への「適応」を見出す論考。
書評
【書評】アルベナ・ヤネヴァ『Latour for Architects』:建築が、社会を組み立てるメニカンブリュノ・ラトゥールの思想を建築家のために読み解く入門書。「私たちは一度も近代であったことがない」というラトゥールの思想を、一貫して建築の事例に引きつけながら案内してくれる。
論考
民主主義がデザインを必要とする理由──「デザインの民主化」を反転させるブログ「デザインの民主化」を反転させ、多元的な未来を「つくる」力で民主主義を支える可能性を提示する論考。
論考
集まって書こう──建築をめぐる言葉を(再び)紡ぐためにメニカンメニカン(共同主宰している建築批評同人)のためのテキスト。忙しい日々の中に執筆のための時間をみんなで作る試み。
論考
テクノロジーと自由の双極──デジタル・アナーキズムとテクノ・リバタリアニズムブログフォレンジック・アーキテクチャーとピーター・ティールを対置し、同じ「自由」の名の下で分極するふたつのテクノロジー観を描き出す論考。
論考
反省という建築様式──隈研吾による「負ける建築」の時代精神ブログ「負ける建築」をギデンズの後期近代論から読み解き、近代への反省そのものを様式化した「免責の装置」として隈研吾を批評する論考。
論考
構想する者が支配する──アルベルティからブレイヴァマン、そしてAIへブログアルベルティの図面からテイラリズム、生成AIまで、「構想と実行の分離」がいかに知の権力構造を再生産してきたかをたどる論考。
書評
【書評】バザールの終焉、OSSの変節: Nadia Asparouhova "Working in Public: The Making and Maintenance of Open Source Software"コードの社会学「バザール」から「スタジアム」へ──OSS開発の構造転換と、メンテナーの注意力を蝕むデジタル版「コモンズの悲劇」を描いた一冊の書評。
論考
メタバースからミサイルへ──パルマー・ラッキーの再臨と剥き出しのリアリズムブログVRの夢想家から防衛スタートアップの旗手へ。アンデュリル社の戦略に、境界線が先鋭化する時代の空気の転換を読む。
論考
危機の時代の建築論──情報からインフラへブログ平和を前提とした2010年代の建築論の終わりを当事者として振り返り、「生存の技術」としての建築論への移行を展望する論考。
書評
【書評】アーロン・パーザナウスキー『修理する権利:使いつづける自由へ』:我々は、所有しているのか?(評者:中村健太郎)メニカン修理を阻む技術と法の構造を解き、修理を〈所有〉の本質的構成要素として再定義する一冊の書評。企業悪玉論に傾かず、消費者の側の覚悟を問う留保も付す。
論考
予約都市──アルゴリズムがもたらす都市の階層化ブログ古くて新しい「予約」というテクノロジーがもたらす変化を考察した、情報技術x都市論の試み
書評
【書評】シルビオ・ロルッソ著『デザインにできないこと』:デザインに、「幻滅」せよ(評者:中村健太郎)メニカンデザイン文化への「幻滅」を批評の戦略として読み替え、その断片的な記述群に「普通のデザイナー」のための闘争の意志を見出す書評。
論考
都市とテクノロジーの関係について、いま考慮すべきことは何か──スマート・イナフ・シティから学ぶことLIXILスマート・イナフ・シティの翻訳を経て考えたこと。スマート・シティ批判の批判的受容へ。
研究
人工知能(GPT-3 text-davinci-003)を用いた「質的データ分析の自動化」──SCAT:Steps for Coding and Theorizationを対象にブログGPT-3を用いて質的データ分析手法SCATの自動化「autoSCAT」を試みた実験報告。ChatGPT登場直後の2022年末、LLMと質的研究の協働可能性をいち早く検証した。
論考
『スマート・イナフ・シティ』 訳者あとがきブログ共訳書『スマート・イナフ・シティ』(2022, 人文書院)の訳者あとがき全文。サイドウォーク・トロントの撤退から日本のデジタル田園都市構想まで、原著出版後の展開を踏まえて本書の射程を示す。
研究
【建築生産マネジメント特論講義】 建築生産と情報のあり方──情報化の利点は建築の利点かブログ三度のAIブームと戦後日本の建築構法学の歩みを重ね、建築における「情報の物質化」を構法学の視点から考える講義録。
研究
【建築生産マネジメント特論講義】 霞が関ビルとはなんだったのか──超高層ビルと、「建築生産の科学」の時代ブログ日本初の超高層ビル・霞が関ビルを「建築生産の科学化」の起点として読み解く講義録。
論考
空爆と建築──市街地が破壊されるときLIXILヘルファイアミサイルと東京大空襲のM69焼夷弾、半世紀を隔てたふたつの「対建築兵器」を重ね、空爆の自己正当化の論理と、破壊から社会を読み解く空間的批評の可能性を論じた論考。
書評
マット・マルパス著『クリティカル・デザインとはなにか?──問いと物語を構築するためのデザイン理論入門』 期せずして露呈した、クリティカル/スペキュラティブ・デザインの制度問題(評者:中村健太郎)建築討論本書をクリティカル/スペキュラティブ・デザインへの熱狂と危うさの「試金石」として検討した書評。
論考
「消費者」から「所有者」へ──なぜいま「修理する権利」が重要なのかブログAppleの「アンチ修理」戦略からパタゴニア、iFixitの実践まで、「修理する権利」を消費社会からの移行をめぐるデザインの政治として読み解く論考。「デザイン・ジャーナリズム」の必要性を提起。
研究
建築生産マネジメント特論講義5──韓国の木造住宅、東アジアにおける住宅生産の展開ブログRC造の国・韓国で進む、国家主導の伝統住宅「韓屋」振興政策を分析し、沖縄・中国と重ねて東アジアの戦後住宅生産に共通する構法展開の流れを描き出す講義録。
研究
建築生産マネジメント特論講義4──沖縄の木造住宅、喪失と再生ブログ木造住宅がほぼ失われた沖縄の建築生産史をたどり、本土の在来構法システムを相対化する講義録。
研究
建築生産マネジメント特論講義3──在来構法と工務店、その未来ブログ巨大ハウスメーカーと無数の工務店はなぜ共存するのか。木造在来構法システムの強靭さと、工務店のこれからを考える講義録。
書評
Ben Green “The Smart Enough City: Putting Technology in Its Place to Reclaim Our Urban Future” スマートシティ批判の始まり──「解決主義」を超えて(評者:中村健太郎)建築討論スマートシティに潜む「解決主義」を暴き、テクノロジーの色眼鏡を外した都市の主体的なスマート化を説く一冊の書評。のちの共訳書『スマート・イナフ・シティ』の原著。
研究
建築生産マネジメント特論講義2──「プレハブ住宅」の展開(前編)ブログクリスタル・パレスからミゼットハウスまで、「事前に作って組み立てる」というプレハブの想像力の系譜と、日本における住宅プレハブ化の展開を概観する講義録。
研究
建築生産マネジメント特論講義2──「プレハブ住宅」の展開(後編)ブログフラーのウィチタ・ハウス、イームズ夫妻のイームズ邸、剣持昤の秦邸。三つの建築作品から、住宅における「部品」の思想を読み解く講義録。
研究
建築生産マネジメント特論講義1──日本の住宅生産の流れブログ終戦時450万戸の住宅不足から出発した日本の住宅産業の勃興・拡大・成熟をたどる講義録。
書評
佐藤知久+甲斐賢治+北野央『コミュニティ・アーカイブをつくろう!:せんだいメディアテーク「3がつ11にちをわすれないためにセンター」奮闘記』 歴史をつくる、道具を配る(評者:中村健太郎)建築討論震災後の仙台で生まれた市民参加型アーカイブ「わすれン!」の奮闘記を、記録をめぐる諸制度を問い直す「メディア実践」の理論書として読む書評。
論考
サイバネティクスの建築学──デザインリサーチに埋め込まれたクリストファー・アレグザンダーブログクリストファー・アレグザンダーの足跡からたどる、デザイン・リサーチとサイバネティクスの関係性
書評
Eyal Weizman “Forensic Architecture VIOLENCE AT THE THRESHOLD OF DETECTABILITY” 建築が証言するとき──実践する人権をめざして(評者:中村健太郎)建築討論国家の暴力をデジタル技術で検証する集団の理論と実践を紹介し、「実践する人権」へと接続される建築学の新たな知的貢献の可能性を見出す書評。
書評
ビアトリス・コロミーナ&マーク・ウィグリー著『我々は人間なのか? デザインと人間をめぐる考古学的覚書き』モダン・デザインの倫理を問い直す(評者:中村健太郎)建築討論先史時代からソーシャル・メディアまで、「デザインによる人間のリ・デザイン」を露悪的に掘り起こす考古学的デザイン論の書評。
書評
Mario Carpo, “The Second Digital Turn: Design Beyond Intelligence” 建築的想像力の最果て(評者:中村健太郎)建築討論「図面の消失」に至るカルポのデジタル建築史観の到達点を、建築的想像力の可能性と限界の最果てを示す「予言書」として読む書評。